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はびより

ミニマリストの日常

『鶏口となるも牛後となるなかれ』を実感したときの話

今日は昔話をします。僕が中学生のときの話なので10年以上前です。 

みなさんは『鶏口となるも牛後となるなかれ』ということわざを知っているでしょうか? 「けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ」と読みます。

これは、

大きな集団の中で尻にいて使われるよりも、小さな集団であっても長となるほうがよい。

※故事ことわざ辞典より

という意味のことわざです。

小さな成功体験を積む

僕は小学校でサッカーをはじめ、中学・高校と10年近く続けました。中学へ上がるときにより強いチームに行ってうまくなりたいという思いから、強豪チームへ行くことにしました。どれくらい強豪かというと、

・このときのチームメイトが同級生だけで5人Jリーガーに
・1つ下の学年は全中で日本一に

ぐらい強豪です。

当時はよく分かっていなかったと思いますが、そんな中で毎日練習ができるという環境はとても恵まれていたと思いますし、相当にハイレベルなものでした。ただ、試合に出れないんですね。公式戦はもちろんベンチ。練習試合で試合する機会はありますが、2軍戦なので相手チームも2軍です。どれだけうまい仲間と練習しようと、どれだけ一流の指導者に教えてもらおうと、胸焦がすような勝ち負けにこだわる試合ができないのです。

このとき僕が考えたのは、「試合に出られるチームでサッカーをやろう」ということでした。こう書くと「試合出れないから辞ーめたー」みたいな感じですが、そのときは結構真剣に考えて、“最高の環境にいるけど試合に出られない”ことと“最高の環境ではないかもしれないが試合に出られる”ことの2つを比べ「どちらにいる方が自分はうまくなれるか」という視点から後者を選びました。

“牛後”な環境から“鶏口”となる場所へ移ったわけです。

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とはいえ、移った先も強豪です。そこでは、ヒリヒリするメンバー争いも、勝ち負けに胸焦がす試合もどちらも経験することができました。練習をするたびに、試合をするたびに、自分が日に日にうまくなっていっているのが感じられて楽しくてしょうがなかったです。

「できた!」という経験をすることが、これほど自分を成長させてくれるのかと思いました。3年生のときには前にいたチームと練習試合をする機会があり、引き分けでしたが1軍相手に堂々と戦えたことを覚えています。

高望みをするなという意味ではない

この言葉は決して、「高望みをするな」とか「身の程を知れ」という意味ではないと思っています。上で書いたように、たとえ小さくても成功体験を積むことの重要性を言っていると。他の言葉で言うならば、『立場が人を作る』とか『地位が人を作る』という言葉も似たようなことではないかと思います。

今考えてみれば中学生のサッカーなんて自分たちが思っているより差はないし、練習環境もどれほど影響があったのか分かりません。ただ、最前線で全力を出し続ける環境に身を置くことでしか得られない成長というものは必ずあると思います。

自分に自信を持つことがとても大切だということを学びました。