はびより

ミニマリストの日常

自分を手放してみる

僕が高校生だったとき、「ハービーはほんとブレないよね。ちゃんと自分を持ってる」というようなことを言われたことがあった。

嬉しかったし、そんなまわりに流されない自分が好きだったような気がする。

 

 

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ここしばらくの間、暗い気持ちで過ごす日が続いていた。

少し、いや、結構な重量でふさぎこんでしまうようなこともあって。

 

日に日に食事や睡眠が雑になっていって、自分がとことんダメな存在に思えて、友達とかにも会いたいんだけど会いたくないみたいな。

 

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ブログを書いているといろいろな考えに触れる機会がある。

それらは、目から鱗というようなものから、みんな感じているけれども実際に行動に移すのは難しいというようなものまでさまざまだ。

 

冒頭で話した、まわりに流されない自分。もしかしたら当時は、人と同じことをやるのが嫌で、ただあまのじゃく的に人とは違う行動を取っていたことがそういう風に写っていたのかもしれない。

今ではそんな反抗心などではなく、ひとつひとつのことを吟味し思考をめぐらせることで、おぼろげながら自分というものを形づくることができていると思う。

 

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もともと僕はいろんなことを深く考えてしまうたちだ。それはもう、自分でも考えすぎだと思うぐらい。

そしてその大半は、「思い悩む」ことのような気がする。

 

とっても疲れるし疲弊する。

 

 

思考を放棄することと悩まないことはイコールではないけれど、少し考えるのをやめてみようかなと。

 

ちなみにタイトルにある言葉は、最近人に言われた言葉。「俺は◯◯だから」みたいなことを言っていたときに、「そういうのを手放してみてもいいんじゃない?」っていうことを言われて、なんかストンと入ってきた。

あらゆる部分で、こうじゃなきゃいけないんだみたいなのがすごく強くなりすぎてて、動けなくなってた。

 

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「人に流されず自分の考えで動く」ということを必要以上に意識してるわけじゃないから、無理をしているという感覚なんかはないんだけど。

だからと言って、”うまく行っている”という風にも感じられなかった。

これはずっとそう。

 

何も考えずに多数派に迎合し流されることが良いとは思わないけど、少し今の自分が凝り固まりすぎていると感じた。

 

 

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ちなみに気分をふさいでいたものは、今はもう解決し取り除けている。

 

おかげで、自分でもびっくりするぐらい分かりやすく気持ちが晴れ、早速遊びに出かけているし、人に会っている。

 

ブログでは結構元気にしてたけどね。それはまぁ、意地みたいなものかな。正直、もう逃げ出してしまおうかと思ったこともあったけど。

 

 

というわけで、少しだけてきとーにやるよ。